人権のふるさと

S U I H E I S H A   H I S T O R Y  M U S E U M

水 平 社 博 物 館

〒奈良県御所市柏原235-2 TEL 0745-62-5588

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「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と高らかに人間の尊厳と平等をうたいあげて、1922年3月3日に全国水平社は創立されました。結成の中心となったのが奈良県御所市柏原の青年たちでした。ここ柏原は水平社発祥の地・人権のふるさととして親しまれています。
 1986年の地区改良事業着手により、歴史を偲ぶふるさとの変貌と水平社魂の希薄化が危惧され、水平社運動に身を投じ、差別に抗い続けてきた諸先輩の遺産を保存し、意思を継承していく重要性が高まり、柏原に水平社歴史館を建設する運びとなりました。

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@ 『解放令から5万日目』記念碑(人権のふるさと公園内)

 柏原には、1871(明治4)年8月28日発布されたいわゆる「解放令」直後に「あのお触れは5万日の日のべになったといわれた」という、「五万日の日のべの話」が伝えられてきました。この記念碑は2008年9月3日に五万日を迎えたことを記念し、さらなる部落解放運動の前進を誓い合うために建てられました。
G 阪本清一郎宅跡

  阪本清一郎さんが分家・独立した家の跡です。曽我川沿いに 母屋があり、離れ、蔵、南側に高い煙突を備えた膠工場があり ました。清一郎さんの家の蔵から水平社運動などの膨大な資料が発見されました。
A 共同浴場跡(人権のふるさと公園内)

 柏原では、江戸時代より共同浴場(村風呂)が経営されてきました。
H 水平社宣言記念碑

  この記念碑は、全国水平社創立50周年を記念し、各地から寄せられたカンパによって建立されました。
B 西光寺

 西光寺は、浄土真宗本願寺派の末寺で、全国水平社創立宣言の起草者である西光万吉さん(本名 清原一隆)の生家です。西光寺は1748(寛 延元)年に建立され、当時の村の個数は38戸あったと伝えられています。
I 神武天皇社

  神武天皇を祀る神社で、『日本書紀』神武紀三十一年四月一日条に記される、神武天皇がその頂から国見をしたという「腋上?間丘」は本馬山のことで、燕神社辺りと伝えられてきました。
C 駒井喜作宅跡 (人権のふるさ公園内)

  柏原に生まれた阪本清一郎さん、西光万吉さん、駒井喜作さんは、全国水 平社創立の中心を担った「柏原の三青年」と呼ばれていました。彼らは、   1921(大正10)年秋、駒井喜作さん宅玄関に「水平社創立事務所」の看板を 掲げて水平社の創立準備にとりかかりました。
J 誓願寺

 全国水平社創立当時、誓願寺に三浦参玄洞(法名、大我)さんという住職がおられ、阪本清一郎さんや西光万吉さんのよき相談役として、水平社運動に支援・協力されました。
D 燕神社

  燕神社は、1921(大正10)年8月28日、柏原の燕会の人々によって 建立されました。それは、「解放令」50周年記念事業として行われたようです。また、燕会の青年たちはここに集まり部落差別をなくすために話し合いを重ねました。そしてこの広場を「建議の庭」と呼んでいました。  
 
K 山田孝野次郎記念碑

 山田孝野次郎さんの活躍を記念して1936(昭和11)年9月21日、全国水平社によって母校・腋上尋常小学校となりの腋上村役場前に建てられました。
E 坂本清俊宅跡(人権のふるさと公園内)

 全国水平社創立メンバーのひとりである阪本清一郎さんの祖父、清五郎さ んが住んでいた幕末の庄屋屋敷跡です。この阪本家を継いだ阪本清俊さん(後に坂本)は、部落改善運動の先頭にたち、村の指導者としてkつ約活躍 しました。
L 巽医院跡

 四代続いた医家の三代目に巽数馬さんがいました。医者を志し東京で学んでいた頃に自由民権運動にかかわり、帰郷後は、学校統合闘争等を指導しました。
F 阪本清一郎生家跡(人権のふるさと公園内)

 全国水平社創立のメンバーのひとり、阪本清一郎さん生まれ育った家の跡です。
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「人の世に熱あれ、人間に光あれ」